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2009-09-01

ピアノ暦②

9月ですね!秋ですね!食欲の秋ですね!
いえ、今日食べたカボチャがあまりにも美味しかったもので、独り言です。スミマセン。

さて、昨日の続きですが、
あの優しかったお姉さん先生が豹変!!その訳とは・・・

高2も終わろうかというある日、私が突然「ピアノ科に行きたいです
と無茶を言ったからです!
先生 「えっ・・・今からじゃ難しいと思うよ~」
    「遅くてもみんな中学生から準備してるのよ~」と言われ

私 「そ、そうなんだ・・・」 ガックリ

だって、先生みたいにステキにショパンが弾けるようになりたかったのに・・・

先生 「でも、教育学部の音楽課なら何とかなるかもしれないけど・・・」
    「でも私はそこの受験はしてないから良くわからないのよね・・・」

大体、高2の終わりに進路を決めようって事自体が遅いんですよね・・・。

でも、  『何とかなるかも』 ?!
キラ~ン
じゃ、じゃあ、という事で通っていた高校の音楽の先生がそこのご出身だったので、色々聞きに行ったのですが、
「う~ん、ずいぶん時代が違うしねぇ、ボクは声楽専攻だったし・・・」
とつれないお答え。
「でも、音大じゃないから音楽そこそこ、学力そこそこだったら何とかなるんじゃない?」

どっ、どうしようかなぁ・・・と思い担任の先生に相談すると、幸い学力的には何とかなるんじゃないか、との事。松岡修三ばりにアツい先生でしたので、
「そうか!○○(私)!やっとやる気になったか!がんばれぇ~!!
と、アツいエールをくださり
「は、はい、がんばります!」
という訳でピアノ科にロックオン!して頑張ってみることにしました。

早速ピアノの先生に決心を告げると、
先生 「じゃあ、色々準備しなくっちゃね。歌とかソルフェージュとか・・・。」
私 「えっ?!ピアノ科ってピアノ弾けるだけじゃダメなんですか?!」
   「そ、そるふぇーじゅって何ですか?!」
あまりの無知ぶりに先生無言・・・。

ピアノ専攻とはいえ、歌、聴音、初見演奏、初見視唱、楽典、音楽史・・・受験科目盛りだくさんなのでした。

「本当は有名な先生にレッスンを受けた方がいいんだけど」と言われましたが、
30分で1万円以上!?さんじゅっぷんでいちまんえん・・・
う、ウチは中流家庭なんですよ・・・。
という事でお高い先生には何度かスポット的にレッスンしていただき、
継続してお姉さん先生にレッスンを受ける事になりました。
そしてあの優しかった先生が鬼に・・・。
先生は受験生を教えるのは初めてで、それはもう熱心にレッスンしてくださいました。
それはもう・・・枕を濡らした夜もありました
こんな私を教えるとは、先生も相当なプレッシャーだったでしょう・・・。

ですが、まったく準備していなかった私にやっぱり茨の道だったのです。

当然、現役では撃沈。
一浪して何とか滑り込んだものの、周りのレベルの高さにまた撃沈・・・。
そして燃え尽きたのでした・・・。

あ、別にピアノが嫌いになった訳ではなかったのですが、
全く音楽関係ではない仕事に就いてしまったし、学生の時のようにアホみたいに弾く時間も無くなり、たまに弾いても当然腕が落ちているわけで、次第に弾かなくなってしまったのですね。

たくさんお金を使わせてしまった両親には申し訳ない気持ちもありますが、
最高の趣味が勉強できて良かったなぁ、と感謝しております。

という訳で、ショパンエチュードも全曲制覇していない私なので、ピアノ暦について聞かれると
「えぇと・・・大学まで・・・とかピアノ科・・・でしたよ・・・
と声をひそめてしまうのです・・・。

こんな私でも何とかなりましたが、お子さんに音楽関係の進学をお考えでしたら、
準備は早いほうがイイ!!とお伝えしておきます!!

おしまい
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2009-08-31

ピアノ暦①

こちら北国では、朝晩めっきり冷え込んでまいりました・・・
と天候について書いてしまうくらいネタも尽きてきましたので、
今日はピアノ暦なんかを綴ってみようかなと思います。

ピアノを始めたのは小1でした。
両親によると、「○○ちゃんが習っているので私も~」とおねだりしたそうです。
良くあるパターンですね。そういえば、けっこうしつこくねだっていたような・・・。
「毎日30分は練習すること」を条件にOKが出てアップライトを買ってくれました。

ピアノがやってきた日の事は良く覚えています。
黒くてピカピカしていてすご~く嬉しかったです
早くレッスンに行きたくてたまりませんでした。

その後は週に一度いそいそとレッスンに通い始めたのですが、レッスン中に弾きながら眠ってしまい、先生に「大丈夫・・・?」と心配されたこともありました。

初期に使っていたのは「メトード・ローズ」と緑色の「ピアノのテクニック」でしたが
引越しが多く先生が変わるたびに教本も変ったので、、
改めて昔の教本を見ても「こんなの弾いたっけ・・・?」というものも多いです。

中二までYAMAH○に通いグレードも受けましたが、何級かは全然記憶になく・・・。
発表会も出ましたが、弾いた曲の記憶が全くありません。
母親がすんごいドレスを買ってきて、一人浮いてしまって恥ずかしかった記憶はありますが

生意気にも、一度だけ先生をチェンジしてもらったことがありました。
明確な理由は覚えていないのですが、何だか生真面目なレッスンが性に合わなかったからのような・・・。
男性の先生だったのですが、女性の先生に変えてもらいました。
今思えば、親もその方が安心だったのではないかと・・・。

中二の時に両親が念願のマイホームを購入
定住してからは個人の先生にレッスンを受けるようになりました。
音大をでて間もなくの優しいお姉さん先生で、中三の受験期間以外は相変わらずいそいそとレッスンに通い続けていました。
「もう着なくなっちゃったから~」をお下がりの服をくださったり、ピアノ以外でも可愛がってくださり、レッスンに行くのが楽しみでした。

しかし高二のある日、あの優しかったお姉さん先生が豹変したのです!
なぜかというと・・・

長くなるので・・・次回へつづく
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